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眼鏡工房 久保田

2020.09.20

時計の覚書 1

過去、「時を計る」行為と、全く、何の関係も持たない生活を送っていた人類はいただろうか。

現代に存在するあらゆる民族、更に規模の小さなコミュニティ、また更に個人レベルにまでフォーカスしたとしても、12等分された文字盤、そうでなくとも、朝-昼-夕という日月の天体の移り変わりから、完全に縁を切ることは中々骨が折れる行為なのではないだろうか。
今や、時間とは人間の構築する社会性そのもの、とも表現できる。

本項目は、「時計」というものをより深く理解するべく努める為に、月に一度くらいこっそりと更新されるものである。
スタッフの覚書程度に思って頂けると幸いである。

さて、天体の運行に伴う人類の”時間感覚”は、大体は紀元前4000年頃にまで遡るという。

太陽が昇って辺りが明るくなり、やがて段々と空を移動し、また沈んで辺りが暗くなる。この繰り返される一定のリズムの中で、原初の人々は、天体の動きによってもたらされる物事の法則性を共有し、それに沿いながらささやかに生活を営んでいたのだろう。これが、人類最初の時間計測だと想像される。

そうしたリズムの中で身を寄せ合って過ごす内に、人間は太陽に照らされた物が落とす影に変化を見つける。地面に垂直に立てられた棒が、光を浴びて、地面に細長く影を落とす。太陽の移り変わりと同時に、影の長さと位置は少しずつ形を変えていく。その変化を見て、日が昇り、日が沈むまでの猶予を把握する。

「日時計」の考案である。

この、影が太陽の位置を示す針として用いられた棒のような垂直の物体を「グノモン」と呼ぶ。ピラミッドやストーンヘンジといった、さまざまの歴史的建造物の中には、この「グノモン」の役割を持っていたのではないか、と予想されるものもある。

今日確認されている中で、最も古い日時計は小型のもので、紀元前1400年頃のエジプトで造られたものであるそうだ。

人間が発明したあらゆる時間計測の道具の中でも、日時計は最もシンプルな機構であり、動力を人間に依らない特殊な性質を持った機構である。個の為、ドイツの文学者エルンスト・ユンガーは、日時計を「人間的性格の少ない時計」だと表現した。

日時計は、人間に尺度の尺度をあたえるもの、人間の時間計算の源泉をなすものであるに関わらず、他のあらゆる時計と比較して人間的性格のもっとも少ない時計である。

他のすべての時計は人間とその発明力を前提としている。

だが、影の歩みは人間に依存せず、そして人間に運命の動きを告げ知らせるばかりではなく、人間を抜きにして考えうる循環運動を告知してもいる。

(1990『砂時計の書』, エルンスト・ユンガー, 今村孝 訳)

すなわち、時間計測とは空を移動する天体の動きを読むことであり、極めて長い間、人間の主な計道具とは空であった。

その後、様々の装置が考案され、時間の観察と暦の作成が行われていくが、これらは自然の移り変わりを人間社会により落とし込むものとして翻訳する為の道具だと捉えられる。

ちなみに、モノが右向きに回転する事を、「時計回り」と表現する。これは、日時計が最初に発生した文明が北半球であり、落ちた影が右回りに動いていた事が理由ではないか、とされているそうだ。

参考文献
1986『時間の歴史』,ジャック・アタリ, 蔵持不三也 訳, ㈱講談社
1990『砂時計の書』, エルンスト・ユンガー, 今村孝 訳, 原書房
2014『機械式時計解体新書』, 本間誠二, ㈱大泉書店

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